とらえどころのない有機食品:なぜ日本の消費者の選択肢はこんなにも限られているのか

下記は、欧州ビジネス協会(在日本)発行月刊誌「ユーロビズ」2013年5月号よりの抜粋記事の仮訳です。

 

読者に一つ課題を出したいと思う。地元のスーパーマーケット(輸入品を扱うような高級店ではないところ)に立ちより、どれぐらいの有機食品が売られているのかを見に行ってほしい。そこが我が家の近所にもある3つの大型チェーンと同じような店ならば、数種類の冷凍された輸入有機野菜と、輸入有機パスタ、有機豆腐が少しあるか、乾物の棚にいくつかの有機認定を受けた輸入食品でも並んでいれば、運のいいほうだ。有機クラフトビールが見つかれば、本当にラッキーだ。

欧州産オーガニック飲食品の輸入・販売のミエプロジェクト社を創設したデューコ・デルゴージュ社長は、「日本において有機野菜が欠如していることは、この国が抱える最大の矛盾」と考えている。

「日本人は相対的に豊かで、食に情熱を注ぐ人が多いうえ、健康や安全に対する関心も高い。だから日本は有機食品にぴったりの国であるはずだ。しかし、結果的に欧州に20年の遅れをとっている。」

これを裏付ける数字がある。世界全体の有機食・飲料品市場は年間約500億ユーロにものぼり、毎年10%の割合で拡大している。その中で欧州と米国がそれぞれ46%と45%を占めているが、日本のシェアは2%にすぎないのが現状だ。日本の食・飲料市場全体に占める有機製品の割合は0.6%にとどまっている。

世界全体の状況をさらに詳しく見るとしよう。有機農業研究所(1973年にスイスにおいて設立)が2012年に出した報告書によると、2010年の段階でデンマークにおける有機食品の割合は7.2%だった。それにオーストリアが6%、スイスが5.7%と僅差で続いている。この数年伸びが止まっている英国ですら、有機の割合は2%弱ほどある。米国では、欧州同様に有機農業も小売も2000年以降伸び続けており、その割合は4%に至る。

ではなぜ日本は遅れをとっているのだろうか。

まず最初に、日本の有機農業セクターの規模が著しく小さい。EU域内では、農地の5.1%が有機栽培に当てられているが、日本の場合は1%にも満たない。これにはいくつかの理由があると、日本の欧州ビジネス協会会長も務めるデルゴージュ社長は説明する。

第一に、日本の気候が高温多湿であるため、寄生虫などの問題への対策として、農薬に頼る農業が主流となっている。所属する農協を通じて、組員には組織的に肥料や農薬の販売が行われており、そこから離脱することはきわめて困難なようだ。

また、すくなくとも欧州では助成があるのに対し、日本では政府による支援が欠如している。例えば、仏政府は農薬の使用を半減させる施策を実施している。

イタリアのアルチェネロ社の有機パスタや、英国のパッカ社のハーブティーなどを取り扱う日仏貿易のブノワ・ショヴェル社長も、政府による奨励が欠けていると指摘する。

農水省有機農業の発展を支援しているとはいえない。有機を産業として位置づけ、促進するための施策をこれまでに実施したことがないのである。その発展を目指した具体的な農業政策も、実在していない。2001年にJAS有機マークがスタートした時には、市場が飛躍的に伸びるだろうと期待していたが、実際にはそうは行かなかった。農協の内部にあまりに多様な勢力(例えば農薬推進派など)があり、様々な方向に力が分散してしまっている」と同社長は述べる。

未発達の有機農業と相並んだ状況にあるのが、有機の小売業者だ。

前出のデルコージュ社長は、「欧州には大手の有機専門小売業者が存在する。フランスのビオコープやドイツのアルナチュラがその良い例だ。欧州の主要小売業者が、消費者が好むからという理由で、有機セクターへの参入を続けている。欧州の主流小売店では有機食品の在庫が充実しているが、日本はそうではない」と、説明する。

欧州連合の報告書によると、英国では有機食品の71%が専門店ではなく通常の店舗を通じて小売されている。つまりニッチ市場の製品または新世代の食品というイメージを脱し、主流になっていることの表れだ。フランスではその割合が50%だ。

日本の場合は消費者の意識の不足が足を引っ張っているようだ。日本人は豆腐、旬の魚や豊富な野菜を使った料理を伝統的に食しているために、自分たちの食べているものはヘルシーであると思いこんでいる。欧米に比べて有機食品への需要が弱いのはそのためだと、ショヴェル氏は指摘する。

消費者の意識が低ければどんな市場も発展しない。日本人の中で食品に何が入っているのかを十分に理解している人は極めて少ないと、デルゴージュ社長はいう。健康や地球への影響よりも、見た目や味を重視したブランド開発が行われている。

日本では米国の7倍の量の農薬が使用されているといわれているが、農薬が環境や人体に及ぼす影響を消費者は殆ど知らない。

欧州産の食・飲料品を輸入する日欧商事において、自社ブランドのソル・レオーネを含む有機食品の担当者は、3・11の大地震津波の発生以降、有機に対する関心が幾分強くなったと語る。しかし市場がこの好機を捉えるまでには至っていないようだ。

福島原発の事故の後、いくつかの食品サンプルにおいて放射能が検出されたために、食の安全に対する関心が高まっている。有機を求める消費者が増えていることも確かだ。しかし、有機食品に関する情報が質的にも量的にも不十分であるが故に、消費者と小売業者の大半が有機についてよく知らないという状況が続いているという。

より広範な消費者に有機食品を熟知してもらうことは、健康や環境への好影響以上の意義がある。

デルゴージュ社長によると、同社は販売業者の選定を注意深く行っている。全体の9割を占める有機製品について、最高のものを選び抜いていると自負する。長所をたくさん詰め込んだ商品を日本に持ってくることにより、それを試すことの意義を確信してもらいたいそうだ。

価格も障壁となっていることは明確である。輸入有機製品は原産国においてすでに価格が上乗せされているうえに、輸入関税が加わってより一層高くなっているからだ。

現下の景気では、日本の消費者は安価なものを求めがちであり、安全性(有機など)にお金を払おうという気にはなかなか成らないようだ。有機食品の消費を増やすためには、日本の小売業者や消費者に対する教育を行うとともに、より求めやすい価格での提供が不可欠となる。小売価格を通常の製品よりもせいぜい2割り増しに抑えることが必要だろう。日欧商事)

このような状況を勘案し、EBCの2012年白書においては(過去の報告書でも何度も行ったように)、日本政府が有機製品の輸入関税を撤廃することを提唱している。

さらに、欧州が以前からの勧告していたことを、日本側が取り上げることになった。これは吉報に他ならない。この4月、日本政府は日本へ有機食品を輸入する際に課されていた手続きの撤廃を発表したのだ。これにより不要なコストや煩雑な手続きの原因がなくなることになる。これまでは、欧州で有機認証を受けた製品で、JAS有機規格を満たす製品(日本でJASマークの付与)について、輸入のたびに原産国による追加認証の取得が義務付けられていたのだ。

これは物事が正しい方向に動き出したという兆候である。ナチュラルハウスやらっでぃしゅぼうや等の専門業者が成長を続けているが、日本で有機が主流になるにはまだまだ長い道のりがある。一般の小売店の関心も高まっている。少しずつではあるが、ニッチ業者以外にも取り扱う店が増えつつあるようだ。この有機食品という分野に欧州が関わることで、日本の有機農業育成を支援することができる。それはまた、日欧貿易関係の強化にもつながるであろう。これは日本とEUにとって大きなチャンスである。日本が欧州に追いつくのに20年のような長い年月がかからないことを願うのみだ。(デルゴージュ社長)

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